平成の吉田松陰よ出でよ(2008年6月号)
2008-11-01 00:00:00
天保元(一八三〇)年八月四日、当時の萩藩(現在の山口県萩市)で吉田松陰(幼名・虎之助)は生まれた。 吉田松陰を一言で表現すれば、「明治維新の原動力・生みの親」がピッタリかもしれない。そのきっかけとなったのは、吉田松陰が十一歳の時に起こった阿片戦争(一八四〇〜一八四二年)である。 この戦争で中国は惨憺たる敗北を喫した。この事実を目の当たりにした吉田松陰は、次は「日本が危ない」という思いに駆られた。そして二十五歳の時、ペリー率いる四隻の黒船来航(一八五三年)に危機感を募らせ、米国密航を企てたが失敗した。 その後、二十八歳で「松下村塾」を主宰して、弟子の指導にあたったが、江戸幕府の外交政策を激しく ・・・ [【月刊中央ジャーナル】アーカイブ ]
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